仕訳の暗記は、正しい学習の「第一歩」です
簿記の勉強は、「借方(左)・貸方(右)」というルールの暗記から始まります。
私も「まず暗記で手になじませること」は、正しい学習方法だと考えています。
文章の基本型が「いつ、だれが、なにを、どうした」であるように、仕訳も「勘定科目」「借方・貸方」「金額」という基本の型に当てはめれば、最低限の記録はできます。
しかし、この「暗記」だけでは、なぜか試験で応用問題が解けなかったり、実務で役に立たなかったりします。
「過去問と同じ形だから、あのやり方で解けるはずだ」と解いて、間違えたり手も足も出なかった経験はありませんか?
それは、「暗記(型)」に「本質(Why)」や「繋がり(How)」が結びついていないからです。
文章に「何故、どのように」を加えて書こうとするときに理解していないと書けないのは会計も同じです。
この記事では、暗記の先にある「3つの本質」を、公認会計士の私が監査や会計実務で学んだデータの流れや監査の視点からお伝えします。
あなたの「暗記(型)」が「実務で使える判断根拠(本質)」に変わるプロセスを解説します。
まずは基本:仕訳のルール
「仕訳のルール(型)」を、教科書通りにおさらいします。
概念(What)
「仕訳」とは、すべての取引を
「借方(かりかた)=左側」と「貸方(かしかた)=右側」
の2つの側面から記録すること(=複式簿記)です。
5つの要素(5ボックス)
会計の全要素は、以下の5グループに分類されます。
- 資産(例:現金、売掛金、建物)
- 負債(例:買掛金、借入金)
- 純資産(例:資本金)
- 収益(例:売上、受取利息)
- 費用(例:仕入、給料、減価償却費)
借方・貸方のルール
5要素の増減は、次のように記録されます。これが「暗記」の核となるルールです。
- 借方(左):「資産の増加」「負債の減少」「純資産の減少」「費用の発生」
- 貸方(右):「資産の減少」「負債の増加」「純資産の増加」「収益の発生」
このルールが、なぜ、どのように機能するのか?その「本質」を、次の章から解説します。
「暗記」の先にある本質1:【理由】なぜ「借方・貸方」が一致するのか?

読者の疑問:「なぜ、わざわざ左右に分けて、金額を合わせる?」
答え:それは「会計システム全体の”正確性”を、自動的に担保する」ためです(=自己検閲機能)
私には、受験時代の苦い「戒め」があります。
原価計算などの複雑な問題を解く際、計算途中のメモを疎かにし、解答の「集計」段階でミスを犯しました。
解き方・考え方・個別の計算はすべて正解だったにも関わらず、です。
簿記の試験では、時間に追われる中で「最終的な数字」さえ合えばよい、と考えがちです。
しかし、実務(特に中規模以上の会社になると)では、年間数万件から十万件以上の仕訳を扱います。
数万件の仕訳を期末に合計が合っているかを集計して確かめて、間違えていたときに修正するのは不可能です。
複式簿記の凄さは、「1つの取引(=1仕訳)」ごとに、「借方合計金額」と「貸方合計金額」を必ず一致させるというルール(型)にあります。
これにより「個々の仕訳がすべてバランス(一致)していれば、それらを集計した”試算表”も自動的に一致する」といえますよね。
学習者が「借方・貸方」の金額を一致させる訓練(暗記)は、この会計システムにおける最も強力な「型」を学んでいるのです。
このルールを守れば、試験でも実務でも、「集計ミス」という最悪の事態から自分自身を守ることができます。
「暗記」の先にある本質2:【繋がり】仕訳は「業務の流れ」を翻訳(データ化)したものである
読者の疑問:「仕訳(点)が、どうやってP/Lや原価計算(線)になる?」
答え:仕訳は、単発の記録ではなく、「実務(モノやカネ)の流れ」を「会計データ」として翻訳したものです。
例えば、原価計算では、
- お金が「材料」になる(仕入)
- 材料が「製品の一部」になる(材料費)
- 製品が売れて「費用」になる(売上原価)
…という「モノの流れ(実務)」があります。
会計上、この流れは、そのまま「仕訳の連鎖(データの流れ)」として記録されます。
私が公認会計士として監査や内部統制のチェックで行っていたのは、まさに「実務の流れ(=現場で人やモノがどう動いているか)」と「データの流れ(=仕訳がどう記録されているか)」が一致しているか、ということでした。
これらが相互に関連し、一致することで、初めてその会計記録の「信頼性」が高まるのです。
仕訳の「暗記」の先にあるのは、企業の「業務の流れ」をデータで読み解く「思考の型」なのです。
「暗記」の先にある本質3:【実務】仕訳の「価値」を左右する、教科書が教えない「摘要欄」の重要性
読者の疑問:「勘定科目と金額さえ合っていれば良い?」
答え:それは「試験」までの話です。実務では、仕訳の「摘要欄(てきようらん)」こそが、企業の「ノウハウ」であり「資産」です。
私が監査や会計システムのデータ移行で見た「ダメな仕訳」は、「重要な取引の仕訳なのに摘要欄が空欄、または意味不明」なものです。
なぜ「摘要欄」が重要なのか?
決算も納税も終わった過去の仕訳を見に行くことは実務では多々あります。
過去の取引例を参考にする、社内の問い合わせ対応のために等。
具体例だと、会計システムを変更(リプレース)する際、過去の仕訳データを新しいシステムに移す必要があります。
その際に新しい会計システムに勘定科目コードを合わせる必要があり、ついでに勘定科目やコードの体系を見直します。
この「データ変換」の際、旧仕訳を新体系に正しく「マッピング(対応付け)」できるかどうかは、「勘定科目コード」だけでは判断できません。
「摘要欄」に書かれた「取引の具体的な内容(例:旧消費税率、プロジェクト名など)」こそが「判断の根拠」となります。
「摘要欄」が空欄では、なぜその仕訳が発生したのかわからず、過去の証憑(根拠資料)まで遡る膨大な作業が発生します。
「勘定科目と金額」しか記録していない仕訳は、監査やデータ移行の観点からは「価値の低いデータ」なのです。
(特に、税理士でも嫌う人が多い「消費税」の区分などは、摘要欄の記述が命綱になることもあります。)
結論:あなたの「暗記」を「判断力」に変えよう

「暗記(What)」から始まった、仕訳の学習。しかし、その先には
- 【理由(Why)】:なぜ貸借は一致するのか?(=統制)
- 【繋がり(How)】:どう業務やデータと繋がるか?(=業務フロー)
- 【実務(Context)】:何が「価値あるデータ」なのか?(=摘要欄)
という「3つの本質」がありました。
この「暗記+理由+繋がり+実務」の4点セットを意識することが、あなたの「暗記」を「理解」へと深めるプロセスです。
あなたが苦労して暗記している「仕訳の型」は、無駄ではありません。
それは、これからの学習、あるいはその先の実務の現実に直面したとき、「なぜこうなるのか?」を自分の頭で考え、判断するための基礎なのです。
まとめと次のステップ
今回は、公認会計士の「実務のリアル」な視点から、仕訳の暗記を「理解」に変える3つの本質について解説しました。
- 「暗記」は正しい第一歩:まずは「型」を身につけることが重要
- 本質1(理由):貸借一致は、全体の正確性を自動的に担保する「自己検閲機能」である
- 本質2(繋がり):仕訳は「実務(モノ)の流れ」を「データ」として翻訳したものである
- 本質3(実務):仕訳の価値は、勘定科目や金額だけでなく、「摘要欄」という「判断の根拠(ノウハウ)」にある
つまり、簿記学習で求められるのは、単なる「計算能力」ではありません。「なぜこの処理が必要か(基本)」を理解し、「どのルールを使うべきか(応用)」を判断する力です。
この記事で紹介した私の実体験(現実)は、すべてこの「基本(暗記)」と「本質(判断根拠)」を往復した「応用」にすぎません。
受験者には得点にならない話もありますが、仕訳を幅広くイメージする材料に使っていただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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